八月尽

     ○大魚の腹に雑魚がぞろぞろ八月尽
(たいぎょのはらにざこがぞろぞろはちがつじん)
食物連鎖
       ○八月尽鍋とお釜と燃える火と  秋甫
       ○稲妻やら雷鳴るやら八月尽    々
       ○便覧に人を調べて八月尽     々
   私の前にある鍋とお釜と燃ゆる火と  石垣りん
 それはながい間
 わたしたち女の前に
 いつもおかれてあったもの

 自分の力にかなう
 ほどよい大きさの鍋や
 お米がぷつぷつとふくらんで
 光り出すに都合のいい釜や
 劫初からうけつがれた火のほてりの前には
 母や、祖母や、またその母たちがいつも居た。
 その人たちは
 どれほどの愛や誠実の分量を
 これらの器物にそそぎ入れたことだろう

 あるときはそれが赤いにんじんだったり
 くろい昆布だったり
 たたきつぶされた魚だったり

 台所では.........。

 ..........日常化した奉仕の姿。

 炊事が奇しくも分けられた
 女の役目であったのは
 不幸なこととは思われない
 そのために知識や、世間での地位が
 たちおくれたとしても
 おそくはない
 私たちの前にあるものは
 鍋とお釜ともゆる火と

 それらなつかしい器物の前で
 お芋や、肉を料理するように
 深い思いをこめて
 政治や経済や文学も勉強しよう
 それはおごりや栄達のためでなく
 全部が
 人間のために供せられるように
 全部が愛情の対象であって励むように。