○満月に吠えたくなるや屋根の上
(まんげつにほえたくなるややねのうえ)
○月見草富士が最も似合ふらし 秋甫
○大根芽のひとつひとつの月光る 々
○野の草の眠る形に月の影 々
夜電気を消すと外が銀色に輝いて美しい。満月だった。下の田畑は昼間見せない厳かさの中に包まれて、その所々から澄んだ虫の音を響かせていた。まだ地上に灯のなかった太古を想像して立っていると深い悲しみに襲われるような気がした。かってそんな経験をした記憶がよみがえるかのように。
老いるということは、鈍くなっていくことかもしれない。珈琲を飲んでもぱっとめが覚めるわけでもなく、お酒を呑んでもあまり酔わなくなったし、アリナミンをのんでも気持ちは奮い立たない。その分体内に重大な異変が起こっていても、痛みや辛さを感じないで居れるのだろうか。
満月の夜、丘の上の狼が月に向かって吠えている光景を何かの映像でみた記憶を思い出しているのかもしれない、けれどその孤独にこれほど共感するといういことはなかったのである。