真葛原

     甲斐犬を放てば潜る真葛原 
(かいけんをはなてばもぐるまくずはら)
 甲斐犬
 昔、トビーという雑種犬を飼っていた時期があった。軽トラの荷台に乗せて山へ猟に連れて行く光景がよく見られた時代だった。トビーの体は茶と黒のまだら模様が入っていて、散歩の時など、これは甲斐犬で猟にいいから譲ってほしいなどと言われたこともあったが、飼い主としては頭は悪いし、気の短いトビーにそんな血筋が流れていることなど到底考えられなかったが、出来の悪いものほどかわいいという譬え通り譲ることなど論外であった。それと同じ頃、近辺には野良犬が跋扈していて、7、8匹の野良犬を統率するボスに(やがてかれもわが家の家族になるのだが)ブルというのがいた。彼の方は押しも押されぬドンであった。まるで人の話しが理解できるのかと思えるほど感情豊かに人と接触できるのだ、子供の頃からいろいろな犬と接してきたがブルほどの能力をもった犬には出会ったことはなかった。トビーは彼らと行動を共にしたい一念で時に綱を付けたままよく遁走したものだ。そんな時、生い茂った葛原に潜り込みでもしたらもうなかなか戻っては来なかった。