狗尾草

     ○唇に戦慄走る狗尾草
(くちびるにせんりつはしるえのころぐさ)

       ○老猫の口ひげ堅し猫じゃらし   秋甫
       ○えのこ草振って猫の子遊ばせる   々
       ○ゑのころに露孕ませて夕立ち去る  々
    キツネの館  安水稔和
       (キツネの柵ともいう。しんきろうのこと)
 砂漠でみたとか
 海の上で見たとか
 話に聞いたことはあったが
 今日はじめてこの眼で見た。
 湖の岸へ出たときだ。
 凍った湖のうえを人の群れが動いていた。
 ずっとむこうなのにふしぎによく見える。
 荷物を背負ったり。
 子供の手をひいたり、
 荷車ひいたり。
 ぞろぞろ。
 話し声が聞こえる。
 赤ん坊の泣き声も。
 驚いて立ちつくしていると
 通りがかりの老婆が教えてくれた。
 あれがきつねのやかたです。
 そのとき気づいた。
 氷のうえ渡って行く人の群れのなかで
 ひとりの老婆がたちどまった。
 ゆっくりとこちらを指した。
 そしていったようだ。
 あれがきつねのやかたです。
      ※
 足音。
 物音。
 車のきしる音。
 私のまわりに。
 それから氷のきしる音。
 湖面のかたむく気配。
 わずかに。