冬の濤

     ○煙草屋の裏に来ている鰤越し
(たばこやのうらにきているぶりおこし)
ウエザ・リポート
 図書館の書庫に眠っていたのを借り出してもらった。さぞ埃や黴がと思っていたが案外喰いついている。もともと宇江佐真理はパートナーのお気に入りで私は時代物の物書きには興味がなかったのであるが、就寝の前の朗読にはこれが一番快かったのである。ウエザ・リポートから一つ 
━プチ紳士━  宇江佐真理
 一人の男子生徒が座席に眠そうな顔で座っていた。覇気に欠けた表情にも見えた。しかし、次の停留所でお婆さんが乗り込んでくると、その男子生徒は席を譲った。素早く行動したのではなく、仕方がない、ま、譲ってやっか、という感じだった。男子生徒は、それからドア近くに立ってあくびを洩らした。お婆さんは彼に対し、「にいさん、悪かったね」と、礼を言った。「なんも。おれ、駅前で降りるから」
 相変わらず、やる気のない態度で応えた。私は嬉しくなった。彼はプチ紳士だと思う。親切を恩に着せないところがすてきだ。函館が好きだと感じるのは、そんな場面に出会った時だ。