坪尻の駅舎撮る日の短かけり

 徳島と香川の県境にある坪尻駅へは国道32号線の僅かに開いたガードレールの切れ目から山道を下山しなければなりませんでした。
 国道近くの家の犬が我々の気配に激しく吠えたてます。
 しばらく往くと辺り一帯には不法投棄の大型ゴミが散乱していて、あまり気持ちのいいものではありませんでしたが、道だけは誰かが確保してくれていました。犬は投棄にやって来た者を許すものかと、頭上でますます怒り猛っています。
 右へ曲がったり、左へ下ったり、竹やぶの倒木を踏んだりしながら、鬱蒼とした山の中をだいぶ下に降りたように思ったとき、まだずっと底の方で電車の通過して行く音がしました。
 ようやく山と山の間に出来た日溜まりの空間に出たとき、一種の緊張感から解放されていくのを覚えました。突然飛び出して来たその小さな箱庭には両方がトンネルの穴へ繋がっている線路とそれを渡る踏切と、ほんとに小ちゃな駅舎がありました。上の国道を走るトラックの轟きはまるで空から鳴り響いてくるし、まさしく壷の底でした。壷の尻という意味で坪尻と名づけられたのでしょうか。
     ◦物音の天に聞こゆる冬隣
 壷の底は大きく伸びた草が刈り込まれて、柔らかい暖かな陽に包み込まれていました。一方のトンネルの入口には4、5人の保線夫がいて作業をしています。朝から駅の回りやトンネル附近に生い茂った草を取り除いていたのかもしれません。
     ◦保線夫とトンネルぬける秋の蝶
 駅には他にもう一人、四十代前半男性の先客がいました。さっきの電車を降りたのか旅行鞄をベンチに置いて、何百mもないトンネルとトンネルの間の線路の上で一眼レフをカシャッ、カシャッ鳴らしていました。この駅のことをテレビで観て思い立ってやって来たというのです。次の電車に乗って土讃線の旅をつづけるのに時間はたっぷり持っているようでした。それにつられてこちらもついのんびりと山裾の脇へはいって
     ◦蔓引けばほろほろ零る零余子かな
 ずんぐりと実入りのいい大きなムカゴが嬉しいほどぶら下がっていました。